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ドイツ・ベルリン観光で訪れてほしい10のスポットとオススメ映画2018


2018年の新年にベルリンに行って来ました!「ベルリン」「観光」で検索すると、同じ様な場所しか出てこないので私がベルリン観光ツアーに参加して個人的に良かったと思う10つのスポットをご紹介します!ドイツと日本は第二次世界大戦時に枢軸国だったこともあり、ファシズム的な思想に興味を抱きすぎた大学生時代(遅い厨二病)だったこともあり、世界史や映画を見漁っていた時代があっての今回の10のオススメスポットなので、今回はそっちに偏っています。でもベルリンに来ると避けては通れないのが、ベルリンが何度も分割され、分断された稀有な歴史なので一度は見ておいて損はないと思います!事前勉強はいろんなドキュメンタリーを見るのがオススメですが、ドキュメンタリーが重いと思う人は映画がオススメです。

では見ていきましょう!

 

10、ドイツ航空省(現ドイツ連邦財務省)

ナチス時代に建造された政府機関。当時8000人もの職員がここで働いていたそうで、写真に収まり切らない程の大きさとしっかりした造りが印象でした。戦時中なぜここが撃ち落とされなかったのかは謎ではあります。門の円形の飾りには、かぎ十字(スワスティカ)が打たれていた跡が、歴史がそう遠くないことを示している感じでした。

ちなみに、トム・クルーズの映画『ワルキューレ』には実際ここで撮影されてたんですね。

映画『わが教え子 ヒトラー』でも実際のロケ地として使われているそうです。これは観たことがないので、近々観ます。

 

 

9、ベルリン大聖堂

ベルリンのミッテ区にあるホーエンツォレルン王家の記念教会。宗教は大きくカテゴライズするとルター派です。街中のソビエト感満開なブロックな建物とは対照的な建造物で異彩を放っています。上層部の真っ黒になっている箇所は、第二次世界大戦で爆撃を受けた時の状態を残しているのだとか。それを聞くと、少し胸が苦しくなる思いですが、そういう記憶も建造物として残すのは、後世にメッセージを伝える意味でも大切なことなのかもしれません。

 

8、チェックポイント・チャーリー

冷戦時代にドイツ・ベルリンが東西に分断されていた時に、同市内の東ベルリンと西ベルリンの境界線上に置かれていた国境検問所です。

2017年に公開されたシャーリーズセロン主演の映画『アトミック・ブロンド』にもベルリン内の境界線を超えるワンシーンがあります。身分証明書や変装をして検閲を超えるシーンが結構緊張する感じで、おすすめです。この映画の設定は1989年のベルリンの壁崩壊直前なので、もしかしたら映画内での検閲もここだったのかもしれません。

 

 

7、ブランデンブルク門

ドイツ・ベルリンのシンボルとして、お土産ショップやハガキなんかでよく見かける建物です。上の4つの馬に乗る女神ヴィクトリア像は、その昔、ナポレオンがベルリンを征服した時に、戦利品としてフランスにもち去られたそうですが、その後、ナポレオン戦争時にプロイセン軍がパリを占領し「ヴィクトリア像返せやー!」ってことで、ベルリンのここに戻ってきたそうです。このヴィクトリア像はいくつもの歴史のヴィクトリー(勝利)を見続けてきた女神なのかもしれません。

 

 

6、総統地下壕

1935年、総統ヒトラーが総統官邸の中庭に作らせた地下壕の跡地です。そしてヒトラーが自殺した場所でもあります。とはいえ、地下壕なのでみえません。

ヒトラーが自殺した部屋があったであろう場所の6m真上の現在の状況。普通の住宅の駐車場みたいになっています。崇拝したりする人が出てくるので、モニュメントなどは一切作らないそうで、多くの人は、実際にここに地下壕があったことも知らないまま生活している人もいるんだとか。ちなみに、地下壕はコンクリートの厚い壁で作られていたため、爆破などで破壊することができないので、コンクリートを流し込んで埋め潰されたとのこと。なのでこの下には巨大なコンクリートの塊が眠っているんですね

この総統地下壕でヒトラーが最後の12日間をどのように暮らし、何を食べ、最後を迎えたかが描かれたすっごいダークな映画がこちらです。地下壕での生活なので、全体的に暗く、息がつまるような、追い詰められていく様子が印象的です。ぜひ行かれる際はご覧ください。

 

5、国会議事堂

世界史的に衝撃な写真といえば「ライヒスタークの赤旗」!の撮影現場はこの国会議事堂なんです!ちょっと感動!

世界史を取ってた人は絶対は見ているであろう写真「ライヒスタークの赤旗」はこちら。ソビエト赤軍兵がソビエト連邦の国旗をドイツ国会議事堂のてっぺんで「おー!」って誇っているようなこの一枚!

Allemagne, Berlin. 2 mai 1945. Le drapeau rouge flotte sur les to”ts du Reichstag –wiki

ちなみにこの写真、オリジナルは旗を掲げている兵士を支える兵士の腕に時計が2本ついているんですが、当時ソビエト連邦側の写真検閲で、この時計が略奪されたものである可能性が出てくると色々議論が面倒くさいので、フォトショップ(1945当時はフォトショップなかったでしょうが)でファッと消されてるんですね。

修正後↓

学生の頃の私は、この話を聞いた時「ソビエト連邦の情報操作ハンパないー!(バレてるけど)」ってショックに思ったのを昨日のことの様に覚えてます。

 

 

4、アレクサンダー広場

ベルリンテレビ塔があるアレクサンダー広場!1920年代にはベルリンのナイトライフの中心地として、新宿の歌舞伎町並みに賑わっていたらしいのですが今やザ・ソビエトデザイン!!な建物で圧迫感のある広場になってます。

ソ連感あるわー

ミュージカル映画好きの人なら絶対マストウォッチのアカデミー賞8部門受賞のレガシー映画『キャバレー』。すっごいざっくりとしたあらすじは1931年ベルリン、キャバレーで働く女子と素性を隠して生きるユダヤ人の男性との恋。そしてナチスの台頭と切迫する戦争。きっと1920-1930年代のアレクサンダー広場は、きっとこういう感じだったんだろうなぁという街の雰囲気も映画から伺えます。クラシック映画なので、エフェクトとかがなく、淡々と撮影されていく映像に、間が長い感じもありましたが、ミュージカル映画としては今見ても素敵です。

 

 

3、フンボルト大学

「量子論の父」と呼ばれるマックス・プランクや「化学兵器の父」と呼ばれるフリッツ・ハーバーなど、ノーベル賞受賞者を多く輩出する大学。物理化学の分野で多くの発見と研究が行われている大学です。

世界史で習う、1933年にナチス政権に変わった時に、ナチスの思想にそぐわない本を燃やす事件「ナチス・ドイツの焚書」がここでも行われました。今は燃やされたであろう2万冊分の空の本棚のモニュメントを広場中央で見ることができます。こういうの見ると中国の文化大革命を思い出しますね。

 

 

2、ベルリンの壁

東ベルリンから西ベルリンへの人口流出を防ぐために、街に張り巡らさた壁。歴史の授業や映画でなんども観た「ベルリンの壁」です。この「壁」を越えようとして、多くの人が犠牲になった話は何回聞いても胸がはちきれそうに痛みます

最近の映画では珍しくベルリンの歴史をコメディ調に描いた『グッバイ、レーニン』がおすすめです。

映画「善き人のためのソナタ」は切り口としては新しく、美しく描かれた映画です。

 

 

1、ホロコースト記念碑

直訳「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」は意外にも街中にありました。このブロックは厚み0.95m・横幅2.38mで統一されていて、高さだけ多様なサイズになっています。中央にいくほど高さが高くなり、周りが見えなくなり音も聞こえなくなり、「恐怖」というよりは「孤独」という様な感覚にとらわれます。ここはずっと写真で見ていた場所ですが、実際に訪れて、歩き、体感したことにより、今まで以上に深い思い出のある場所になりました。

ホロコーストに関しては、やはり考えさせられることがあります。歴史的に咀嚼しきれていない部分もたくさんあり、モヤモヤする気持ちでいっぱいです。

 

0、ベルリンフィルハーモニー

今回のニューイヤーにドヴォルザークの『新世界』を聞きに!現在はサイモン・ラトルが率いるベルリンフィルは世界でもトップレベルのオーケストラです!ベルリンに行かれる際に、もしサイモン・ラトル指揮のコンサートがあれば、ぜひ迷わずに聴きに行ってみてください!

雰囲気はサントリーホールの大ホールをコンパクトに最適化した様な感じですが、音はいうまでもなく素晴らしいです。

 

 

今回歴史を説明してくれたポール

ベルリンで歴史を研究しているイギリス出身のポール。イングロリアス・バスターズのブラピの様なジャケットを着たイケメンでした。彼は学業に励みながら、歴史ガイドとしてアルバイトをしているそうです。歴史を研究しているというだけあり、かなり詳しく説明してくれました。ちゃんと自分の個人の意見の時は「これは僕の個人的な見解なんだけど」と説明してくれるリベラルなガイドでした。

 

私が10代20代前半だったら、ベルリンで生活してみたかったですね。歴史についてもたくさん思考できるだろうし、ご飯も美味しいし、安いし、ナイトライフも充実しているしアートシーンも盛り上がっているので、楽しいだろうなぁと思います!これからカンファレンスなんかではちょくちょく行くことになりそうなので、美味しい御飯屋さんなんかを開拓して行こうと思います。

そうだ!ベルリンに行こう!