インドネタまとめ

ヨガはファッションか伝統か?


考え深い記事がありました。


Facebookで流れてしまってはもったいないので、ブログに転載させていただきました。

全文

【地元の人の声を聞いて下さい】
聖地リシケーシュの名を、殆どの観光客や外国人は「ラームジューラ、ラクシュマンジューラ、タポヴァン」の事だと思っています。
しかしそこは事実上はリシケーシュの隣町であるけれど、それでも20年も前はもうちょと聖地らしい静けさのある、場所でした。
現状は酷い混雑と騒がしさの目立つ観光地…と言うだけで無く、聖地でなかったとしてもインドの伝統を全く無視した姿ばかりが目につく無法地帯に姿を年々変えています。
静けさは自らの心よりの中にあればいいですが、地元の人達が目を覆い、耳を塞ぎたくなる様な光景がくり広げられているのです。
本当のリシケーシュの人達が「リシケーシュの名を汚す場所」と言い。
その土地に住むその場所の住人でも、目に余る光景や風紀に引っ越してしまう…なんて事も聞きます。
外国人だけでは無く、インド人自身が少なくとも聖なるガンガーを目の前にした土地だとは意識もしない様な露出した服装で歩き、タバコをふかし、酒や大麻に酔う男女…
先日は私もガンガーの辺りで多くのインド人観光客の前で激しく抱き合いキスをし、イチャイチャする外国人カップルも見ましたが、そんな話しはここ数年で沢山聞きます。
外国人だけで無く、郊外から来たインド人自身にとっても、もうそこはそれが平然と出来る事で知られいるような正に無法地帯…。
西洋やアメリカから来た「ヨガスタイル」が完全に本来のヨーグの教えを無視した「身体を見せる」為に行っているところから全ての間違いが始まったのだ…と、リシケーシュの人達は言います。
とても分かる気がします。
昔ならアサナのクラスは男女別であったり、女性も喉の位置まで閉められるクルタに長袖もきっちり手の甲まで被るもの、足首やくるぶしが見えていてもいけないと言われて、半袖であったり、胸元がラウンドネックでもアサナクラスに入れて貰えないものでした。
それは特別なストイックなアシュラムとかではなく、地元の学校でもそう。常識です。
今でもリシケーシュの地元の人達はその「ヨガファッション」に嘆いて「私達のサンスクリティは何処に行ってしまったのか…」と言う声を沢山聞きます。
見た目に囚われた時点で本来のヨーグの向かう道とは外れてしまう事も分かりますが、そのファッションの過激さは「子供には見せたくない光景…」になってしまっているのが良くわかります。
ボディラインを強調したレギンス、スパッツの様なものでアサナクラスに挑む事でさえ本来ならヨーグの道から外れた行為なのに、そのままの姿でガンガーのそばの街を練り歩く人の多さにも言葉が出ません…
この記事の写真の新聞の記事は先日、日曜に大麻か何かで酔っ払った外国人が裸でラームジューラの吊り橋の上に登って行き、ガンガーに、落ちた…と言う、間抜けな記事です。
こんなアホみたいな騒ぎが起こる場所を、もう誰も聖地とは思えませんし、本当の地元、リシケーシュの人達は「あそこがリシケーシュだと思われる事が嫌だ」と言う声も沢山聞きます。
伝統を売り物にして、偽物で溢れ返るビジネス激戦区…無法地帯…。
地元の人達はそう思っています。
その内にシヴァ神の怒りが破壊をもたらすだろう…なんて、言う人もいるけれど、年々過激になっていく気がしてなりません。
そこで繰り広げられるドラマの数々は毎年耳には入るけれど、今年初めてそのタポヴァンに私達のアンテナショップを置いてから、そこを訪れる外国人までもがその異常さに怒りを訴える人も多く、昔からを知っている人は悲しさをも覚えている事を知りましたし、店番に座るスタッフ達もが、その地域の外国人だけでなくインド人観光客の過激なファッションに目を開けて居られない…と訴え、そこで繰り広げられるビジネス激戦に耳を塞ぎたいと訴えるのです。
どうか、一人一人の、そこを訪れる人に知って欲しいです。
インドの本当のヨーグの聖地と思って訪れるならば、本当の元々のこの土地の風紀を知って下さい。
リシケーシュの名が悪い印象になっていく事を、本当のリシケーシュの人達は嘆いています。
怒っています。
そのリシケーシュの名を語るビジネス激戦区は、本来のヨーグとは逆を目指しています。
せめて服装のルールもガイダンス出来ないどころか、過激なファッションを喜んでフォローして、本来のインドの文化を捨てています。
服装だけでなく、行い、行為が聖地とは言えない事で溢れています。
ヨーグや伝統は、売物ではありません。
お金を積んでも、今世だけでも、手に出来ないものです。
私はここにその多くの声を聞く1人の外国人として、違う言語でそれを伝えれるのなら少しでも伝え無ければ私の罪と言う思いで日本語で伝えています。

 

 

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ここから私の意見

 

欧米にいると「ヨガ」は本来の「ヨガ」ではすでに無くなっているいることは確かです。「ビールヨガ」に「サウナヨガ」など完全に違うコンセプトのエクササイズになっていて、娯楽スポーツの一つとして消化されています。インド人の男性の先生ですら、上半身裸体であり、女性は皆ビキニの格好でヨガを楽しみます。そこには、ヨーガの教えやギータの教えなんて一文字も出て来ません。私も最初はショックを受けましたが、その雰囲気に長く触れていると、それが当たり前であり、そのまま聖地でも同じように振舞ってしまうようになるのは悲しいかな時間の問題なのです。(そうならないように気をつけていますが)

 

ただ私が思うのは、ローカルを訪れるということは、その人たちが住む伝統や文化の空間に一定時間お邪魔させてもらっているという感覚を私たちは忘れているのんじゃないでしょうか?そこが観光地であったにせよ、普段の一般の人たちが住むところ、自分の庭じゃないんです。土足でビール片手に他人の家に上がったりしませんよね?

 

ヨガの名のもとに詐欺的なビジネスを行うインド人もいますが、一度きちんとある程度の規律を設けた方が良いと思いますね。あまり難しくしすぎるのも問題ですが、最低限の服装や行為は慎むべきという感覚が、外国人にはわからないのです。きっとモスクでさえ、入り口で肌の露出チェックをされなければ、日本人もミニスカートを履いてモスクに入ってしまうと思います。きちんと可視化してタブーを伝えることも現地の勤めなのかなと思います。

 

インドは欧米化の波が一度来て、現在、揺れ戻しが始まっている時期だと思っています。「ここ数十年で欧米化しすぎた、もう一度インドの文化を見直そう!」みたいな動きがインドのアート業界やヨガ業界で少し起こってるんじゃないかな?と感じています。

 

私も、この文章の筆者の方のように、しっかりと文化や歴史を重んじて現地に訪れる人たちが増えてくれることを期待しています。