欧米ネタまとめ

なぜ人は人に恋をするのか?/Why human likes human


吾輩は猫である。名前はまだない。

吾輩は、ここで始めて人間というものを見た。
SNSといわれる場所では滅多に人のポストには”いいね!”をつけない人も、猫の写真というだけで、大量の”いいね!”を秒で生産できる。まったく簡単な生き物である。

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人間が見ている薄い箱に見える娯楽では、ドラマにしても、映画にしても、当たり前のように人間が人間に恋をする話。純愛、報われない恋、BL、家族愛。
世の中の娯楽にはこんなにも「恋愛」で満ち溢れているのに、人間それが自身が「恋愛できない」と現実に嘆く不思議さ。しまいには「なぜ人間は人間を好きになるのか?」などと言い始める始末だ。
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吾輩の場合はこうだ。近所の三毛子さん、その背中の丸さ加減が言うに言われんほど美しい。曲線の美を尽している。尻尾の曲がり加減、足の折り具合、物憂げに耳をちょいちょい振る景色なども到底形容が出来ん。ことによく日の当る所に暖かそうに、品よく控えているものだから、身体は静粛端正の態度を有するにも関らず、天鵞毛を欺くほどの滑らかな満身の毛は春の光りを反射して風なきにむらむらと微動するごとくに思われる。吾輩はしばらく恍惚として眺めていた。そう、好きになるとこういう風に相手が見える。4

そう、何が言いたいかというと吾輩は、猫である。故に猫の三毛子さんが好きなのである。
犬は犬が好きになる。
鳥は鳥が好きになる。
虫は虫が好きになる。
人は人間である。故に人間を好きになるのである。
至極、簡単なことだ。

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娯楽の様な恋愛が無理だと分り切っているものを可能するのは無理だ。無理を通そうとするから苦しいのだ。つまらない。自ら求めて苦しんで、自ら好んで拷問 に罹っているのは馬鹿気ている。 「もうよそう。勝手にするがいい。」と、前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しないようにすることだ。

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しかし人間というものは到底吾輩猫属の言語を解し得るくらいに天の恵に浴しておらん動物であるから、残念ながらそのままにしておこう。

 

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抜粋・引用:青空文庫
『吾輩は猫である』夏目漱石